ひでお
勘違いするな。
「ブラックアウト」ではない。
かといって我が中学時代のインチキ剣道部顧問の名前でもない。
単なる人物紹介。
何故このようなタイトルになったかは勝手に考えてクレ。
影響を与えた人物。
今でこそシニチロはこのようなどっちかというとアウトサイドな人間になってるが
その過程では実に色々な人との出逢いがあった。
一期一会
人との出逢いはいつでも大切にするべきである。
敬意を持っていまからかいつまんでその人々を紹介したいと思う。
・・・と
実はこの企画、N'sLabo設立当初から凄く考えていた。
いつかやってやろうと。
そのためのコーナーも用意しかけた。が、結局何も書かずじまいだった。忙しかったから。
で私に近しい人々はこれを見て何を思うだろうかとか色々考えたりもしたモノだ。
ものだけれども別にそれはどうでも良いと。
こちらがちょっと気恥ずかしい程度である。
ではまず一人目。
S一君(笑)
なんで一番目がこの男なんだろ?書いてて笑えた。
因みにここで羅列する順番と人物の重要度は比例しない。思いつきでやっているから。
ともあれ、簡単に彼を紹介しようではないか。
まず基本的に記憶力が悪い。漢字も碌に覚えない。
一緒に3泊4日の旅行に行った友達の顔ですら一年たつと忘れるその曖昧な記憶力は
あきれるを通り越している。
あと、同級会に行く前は必ず卒業アルバムを引っ張り出して”予習”するのは基本。
年々低下していくその記憶中枢は一体どうなっているのか一度じっくり話し合いたい。
漢字が出来ないのは何か別の要因もある気がする。
古典はいつも”セブンセンシズ”でテストを受けていた。
事前の学習など全く役に立たないことを彼は自負していた。文系の分野では。
英語では某市立大学を受験した際、
「これは何語ですか?」といって試験官を沸かせた伝説を残す。
さて、文系はまるっきりダメなのだが頭の回転は抜群に速いのである。
とにかくひらめきと応用力での勝負。
私は数学のテストのたびに正弦定理から余弦定理を導いていた男など彼以外に知らない。
そもそも余弦定理を覚えられないのに正弦定理を何故確実に覚えていたのかすら謎だ。
ある日など「俺、とうとう余弦定理5分で導けるようになったぜ。早ぇだろ」と自慢された。阿呆だ。
人物的にもなかなかに濃い。
その辺りの話はいくつか此処のコラムで触れたとおりだが。
間違いなく強者である。
彼なりの生き方は一般的には普通ではないかも知れぬが(此処で触れられないこともたくさんある)
それでも彼は
「そもそも普通の定義とは何だ?それは一人一人己がなすものよ。」
と言って憚らない。
知らず知らずのうちに私も大分彼に影響された。
された割には大分心地が良い。多分向いていたんだと思う。
K先輩
普段私は年上でもなんでも「〜先輩」と呼ぶことがない。
基本的に「〜さん」だ。
まあもっとも出会ったのが高校時代だったと言うこともあろうがそれでもこの御仁は未だに
「先輩」
である。
楽しみ方を教わった。テクノというジャンルを教わった。
人には優先順位があると言うことを教わった。
何より最も大切なこと
「こだわり」
と言うことについて教わった。
今でこそ結構マニアックな人間に慣れたと思っているがこの先輩が居なかったらそうはいかない。できない。
そう言えば98年に電話で話して以来接触がない。是非もう一度お会いしたいものである。
風の噂によると中部地方でゴムひもや布団などを売って生計を立てているらしい。
紹介出来ることが少ない。少ないが書けない。
言葉にならない重要なことが多すぎる人であった。
T先輩
思えばこの人が居なかったら私は演劇をやっていない。
そもそも演劇班(ウチの高校は”部”でなく”班”である)に入る気なんか毛頭無かった。
班紹介(年度初めの新入生に対するアレ)を見ていたが
T先輩を中心に女装男性4人が演劇に対する紹介をまくし立てている。
笑えたけどツッコミたくはなかった。
で剣道部時代の先輩が演劇やっていたのでとりあえず部室まで”話伺う”だけに行ってみたのだが
それがそもそもの間違いというか人生の決定する瞬間というか・・・であった。
それでも女装だけは最後まで拒んだが。
T先輩。とてもバイタリティの溢れる人だ。
彼の上の代の先輩が厳しかった時代に一旦彼を残して演劇部は全員退部すると言うことがあった。
部員一人の演劇部。
それでも彼は諦めずに部を立て直すために尽力した。
後輩の面倒はよく見る。脚本を書く。地元のホールを無償で借りる交渉に成功、定期公演会の創設。
住みよい部室空間作り。全く持って見事である。
去年高校の文化祭で部室を見せてもらう機会に恵まれたが全く持って当時のままであった。
マルチタスクな人であった。
私が新入生の時彼は既に3年で受験生であったが
文化祭では脚本を書き、文化祭の運営そのものにも協力、合間には軽音楽部で歌い
後夜祭では自分好みの選曲で踊るために放送委員にも手を回しておく・・・etc
言い忘れたが彼は国立理系である。S一君とは非常に対照的だ。
つか理系らしくしてくれYo!
因みにS一君に彼の印象を尋ねたところ「怖い」との答えが返ってきた。
あのS一君をして恐怖せしめるとは一体何があったのか、問いただしてみた。
ある日彼(S一君)は私と帰宅するために部室まで呼びに来たそうだ。
ノックして部室のドアを開けたらT先輩が衣装を付けていた。
因みにその日はクラスマッチでT先輩はテニスに出場するために一生懸命準備していた。衣装の。
その格好というのがそもそも
つば40cmくらいの帽子・登山部のジャージ・右足だけ大いに捲くってピンクのソックス・
メッセージ付きTシャツ・縁がピンクのグラサン。
引く。マジで引く。
無関係の人間がドアを開けてこれが視界に入ったら普通は逃げる。
そこはさすがにS一君。演劇部のことだから仕方ないと普通に用件を伝えようとしたその時
一瞬早くT先輩の口が開いた。
「ようこそ。」
さしものS一君でも逃げた。思いっきり。
それ以来彼は部室に来なくなった。先輩が引退するまで。
その後先輩は2学期後半からなぜか美術部に入り浸って絵を描き始める。
で、結局芸大とか受験し始める。なんてことだ。
その年の受験は滑って長野で浪人するが、劇団に入ってみたり
長崎屋で着ぐるみ着て風船配るバイトしてみたり、ホントは何がしたいのかよく分からない人であった。
結局一年の浪人生活の末某工業大学に入学した。絵を描いて。ホントは文系だろゴラ?
最近の便りではなんでもデザイン会社を興したとか・・・。
他にも書きたい連中は沢山居るがとりあえず書いておかねばならないと思ったのがこの3人。
あと4人はそのうち書くと思う。重要分はそんな感じだ。
因みに7人に共通項はほとんど無い。
そればかりかお互いどちらかというと仲が悪いかも知れない。(笑
ふー。
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